遠くから眺める美人妻のヒミツ
近所に、どうにも目を惹かずにはいられない女性がいる。年の頃は三十代後半、若さの張りを保ちながらも成熟の落ち着きを漂わせた、いわば「女盛り」という言葉がぴたりと当てはまる人だ。美人と一口に言ってしまうのは容易いが、その美しさは流行の化粧や華美な衣装に頼ったものではない。むしろ彼女はいつも地味めな装いをしている。
夏はベージュや淡いグレーのカーディガンに膝丈のスカート。冬はくすんだ色のニットにシンプルなコート。髪は肩口で揃えており、派手なカラーリングはしていない。顔立ちは整っている。涼しげな目元に通った鼻筋、やや厚めの唇が笑うと柔らかく光る。どこか知性と優しさを感じさせる顔なのだ。
そして何よりも、体つきである。痩せぎすではなく、かといって肥えているわけでもない。俗に言う「ムッチリ体型」。肩から腰にかけての曲線が豊かで、胸や腰回りのふくらみが衣服の下でも存在感を示している。そうした肉感を、彼女自身はあえて隠そうとも飾ろうともせず、淡々と地味な服に包んでいるのだ。
そんな彼女の隣には、どう見ても冴えない男がいる。彼女の夫である。歳は四十前後に見えるが、背は低く、猫背気味で、顔立ちもぱっとしない。髪は薄くなりかけ、無精髭をそり残していることも多い。服装も野暮ったく、どこにでもいそうな「ブ男」という表現がしっくりくる人物だ。
私は彼らを何度も見かけるたびに、心の奥で同じ疑問を抱いてきた。
――なぜ、あの美人妻がこの男と結婚したのだろうか。
謎めいた違和感
近所付き合いといっても、私は彼らと深く言葉を交わしたことはない。ただ挨拶を交わす程度だ。それでも人の暮らしというのは、意外に多くの断片が目に入ってくるものである。
休日、彼らが連れ立ってスーパーに向かう姿を見たことがある。カートを押すのは決まって妻の方で、夫は後ろをちょこちょことついていく。その姿はまるで、子犬のようでもあった。いや、子犬ならばまだ愛嬌があるが、彼の場合はどこか卑屈で、妻に従属しているように見えるのだ。
ふとした瞬間、妻が夫を振り返り、何事か言葉をかける。その表情は笑顔なのだが、どこか諦めを含んだような、慈悲に似た柔らかさがある。まるで「この人は私が見放したら生きていけないのだ」という覚悟を秘めているように思えた。
私の心には常にモヤモヤが募っていた。あれほどの美人が、どうしてこんな男と? 条件的にも容姿的にも釣り合わないようにしか見えない。世間は「夫婦は不思議な縁で結ばれる」と言うが、それにしても不可解だった。
夏の日の邂逅
その謎が解けたのは、ある夏の日のことだった。
陽射しが容赦なく照りつける午後、私は近所の道を歩いていた。蝉の声がけたたましく、アスファルトからは熱気が立ち昇る。そこへ、角を曲がった先から彼女が現れた。薄手のブラウスにベージュのスカート。髪を一つに束ね、額にはうっすらと汗がにじんでいる。
すれ違いざま、ふっと空気が変わった。
それは、ただの汗の匂いではなかった。私の鼻孔を衝いたのは、濃厚で、どこか甘く、同時に鋭さを帯びた香り――まさしく「腋臭」だった。
瞬間、私は心臓を撃ち抜かれたように立ち止まった。世間の多くの人々なら顔をしかめて通り過ぎるかもしれない。しかし私にとってそれは、何よりも抗えない魅力を秘めた芳香だったのだ。
汗と混ざり合い、熱気の中でより強調されるその匂い。彼女が通り過ぎた後も、残り香が漂い、私は茫然としたまま立ち尽くした。
――そうか。これだったのか。
謎は一瞬で氷解した。あの美人妻がモテなかった理由。あの冴えない男が彼女を得られた理由。世間から見れば欠点とされるこの匂いが、彼女の縁を狭め、結果としてあの夫に拾われる形になったのだ。
破れ鍋に綴じ蓋
古来から「破れ鍋に綴じ蓋」という言葉がある。欠けた鍋にも、それを塞ぐ蓋が必ずあるという意味だ。人はそれぞれに欠点を持つが、必ずそれを受け入れる相手が現れる、という諺である。
この夫婦を見ていると、まさにその言葉が思い出される。世間的には「美人妻の欠点を、冴えない夫が受け入れた」という構図になるのだろう。彼は、他の男たちが顔をしかめて遠ざかった匂いをも気にせず、むしろ「自分にとっての女神」として彼女を抱きとめたのかもしれない。
しかし――ここで私はたまらない嫉妬に駆られるのだ。
なぜ、その役割が私ではなかったのか。
腋臭を忌避する人々が大半を占める中で、私はむしろそれを愛する。特に、美しい女性から漂うその香りには、身を焦がすほどの官能を覚える。世間的には欠点であろうが、私にとっては唯一無二の宝である。
あの男は、私が欲してやまない至宝を、当たり前のように日常に持っている。夕飯の食卓で、夜の寝室で、いつでもその香りに包まれているのだろう。そう思うと、胸の奥が焼けつくように嫉妬で満ちてくる。
嫉妬と告白
私は自分が「腋臭フェチ」であることを恥じない。人はそれぞれ、心を震わせる要素が違う。ある者は声に、ある者は仕草に、ある者は肌のきめ細かさに魅了される。私にとって、それが匂いであり、とりわけ腋臭なのである。
美しい容姿と、世間からは疎まれる匂い。その矛盾が同時に存在する時、私の心は最も大きく揺さぶられる。清楚な顔立ちと、甘苦い匂い。地味な服装に隠された豊満な肉体と、その袖口から立ちのぼる官能。まさに「天と地」が同居するような存在であり、抗えぬ魔力を放っている。
しかし残酷なことに、私はそれを手にすることができない。隣人という距離でしか眺められず、すれ違いざまに残り香をかぐことしか許されない。実際にその世界に触れているのは、あの冴えない男なのだ。
――ああ、そんな出会いは私にはないのだろうか。
夏の日の午後、彼女の残り香を胸いっぱいに吸い込みながら、私は心の底からそう思った。羨望と嫉妬と、どうしようもない切なさを抱えながら。

あの男は、私が欲してやまない至宝を、当たり前のように日常に持っている。夕飯の食卓で、夜の寝室で、いつでもその香りに包まれているのだろう。そう思うと、胸の奥が焼けつくように嫉妬で満ちてくる。
彼らの性生活
妄想する。彼らの性生活を
ブ男旦那は彼女の匂いを愛しつつ、それをなじり責めながら彼女を抱くのだろうか?
「こんなキレイな顔をして、お前は臭いワキガ女だ!
厭らしいスケベな匂いをまき散らして生きてきたんだな。男はお前のキレイな顔を見てちやほやするのだろうが、お前を抱くときにこのくっせぇ匂いに気づいて離れていったんだなぁ
お前が興奮すればするほど、このくっせえ匂いが強烈になる、普通の男はこんなの耐えられないだろう
俺だけだ、俺だけがこの匂いを愛せるんだぞ」
あの妻は、ワキガのせいでセックスは未開発であの男に嫁いだに違いない。その身をあのブ男は開発したのだろう。だから女は、わが身の欠点をなじられることと性の快楽に溺れることが分かつことなく一体化させられている。
あのブ男の、モテなくて煮詰めて来た変態要求を受け入れているのだろう。
「お前も俺の匂いを受け入れろ」と臭いチンポや尻をなめとらせているのだろうか。そしてあの妻はそれを快楽として受け止め夜な夜な変態セックスにあの豊満な肉体を沈めているのだろうか。
それともこなれた二人は、時には妻がSとなり、ワキガ責めをブ男旦那に仕掛けるのかもしれない。昼に蒸れに群れた脇と股間(ワキガの女は股間も強烈な匂いを醸し出す)で旦那を挟み込み、口舌奉仕をさせているのかもしれない。
そんな妄想が私の脳を焼く夜もある。
今度町内会の集会がある。コミュニティの関係性の薄くなった昨今では、こんな機会も少なくなった。
夏の町内会の集会、そこで彼女はどんな匂いでやってくるのか。
もしかぐわしい匂いを放っているのだとしたら私は、二人きりになるシチュエーションがあったら、こう言ってしまうかもしれない。
「奥さん、、、脇の匂い、すごいですね」
この先、一体どうなるのか、、、
蝉の声がこんな私の妄想を止めてくれないだろうかと思う夏の朝。

