―深夜の町にこっそり響くチャイム。
「お届け物でーす、ミルクです」
薄暗い廊下の先から現れたのは、寝巻き姿の妙齢の女性たち――。
市役所の面接から二週間。俺は再就職を果たした。
任されたのは、市民健康福祉部の「第三夜間課」。あまり聞き慣れない部署名だったが、書類にはこう書かれていた。
『高齢女性・独居女性・シングルマザーを対象とした深夜栄養補給支援事業』
通称、「深夜ミルク便」係。
「……まさか、俺が牛乳配る係になるとはな」
午後十一時、白い軽ワゴンに乗り込み、先輩職員の春野さん(女性・50代・妙に肌ツヤがいい)と一緒に出発する。
「この町じゃね、夜のミルクは命綱みたいなもんなのよ」
春野さんは言った。
曰く、40代以上の独身女性、シングルマザー、あるいは“訳ありな女性たち”に、栄養価の高い特製ミルクを毎晩配っているらしい。
「ちゃんと温めて、直接飲ませるのが“お作法”だからね。機械任せじゃダメ。人のぬくもり、大事だから」
「はあ……直接?」
「あなた、勘違いしないでね?これは福祉よ。お口で受けるってのも、みんな喜んでるの。最初は恥ずかしがる人もいるけど、ほら、私たちプロだから」
俺は心の中で、(何のプロなんだ……?)とツッコミを入れた。
春野さんが俺の背を押す。
「さ、。最初の一本、集中して行こう♪」
俺は手元の「栄養ミルクディスペンサー(棒状)」を握りしめ、確認する
まさか再就職初日で、こんな仕事を任されるなんて……。
びゅりゅるるるるるぅ んじゃちゅちゅぶぐずずずずずぽぉう、くちょくちょんごくゅ
匂い立つ精液を女達は飲み干した。 「精液が胃の中で泳いでるぅぅぅぅ」
――午後11時30分、最初の配達先。
古びた団地の3階、302号室。名前札には「日高」――女性の名前だけが記されていた。
俺は緊張で手に汗をかきながら、インターホンを押した。
「……はい?」
ほどなくして、ドアが開く。
部屋の中から現れたのは、色白で細身、どこか憂いを帯びた表情の女性だった。年の頃は40代後半。肩まで伸びた栗色の髪はゆるく巻かれ、シルクのネイビーのナイトガウンが、彼女の身体を柔らかく包んでいた。
胸元はゆったりと開いていて、控えめなゴールドのペンダントが、ふとした拍子に谷間へと沈んでいく。
「まぁ……新人さん?」
「はっ、はい! 夜ミルク便・配達員の北見です。今夜から担当になりました」
「そう……よろしくね、北見さん。寒かったでしょう?」
彼女は俺をリビングに通すと、慣れた様子でソファに腰かけた。
灯りは控えめで、部屋全体に落ち着いた香水のような香りが漂っていた。
「えっと……配達ミルクはこちらにございます。温度は適温、成分も規定量です」
俺は慎重に、「ディスペンサー(筒状容器)」を取り出した。
あらかじめ温められた“濃縮栄養ミルク”は、特殊なノズルを押すことで口元に届ける仕組みになっている。
……いや、実際のところ、見た目がだいぶアレだ。
しかしこの町では“行政仕様”として正式に採用されているという。妙な技術力の使いどころだ。
「はい、どうぞ……」
「それじゃあ、いただくわね……」
ソファに腰を下ろした日高さんは、ナイトガウンの襟を整えながら、ディスペンサーのノズルにそっと唇を寄せた。
俺はそれを見守りつつ、慎重にトリガーを押し込んで――
「ん……あたたかい……」
そのときだった。
(あっ……手が――)
緊張で手元がぐらついた。
思わず力を入れすぎて、**ピュッ!**という音とともに、中のミルクが勢いよく飛び出した。
「――っ!?」
ミルクはノズルの向きを逸れ、なんと彼女の顔に――
頬、額、鎖骨のあたりに、とろりとした白濁が飛び散った。
「あっっっ、す、すみませんっっ!!」
俺は顔面蒼白になった。
なんてことだ、初日から顔射みたいな大惨事をやらかすなんて!
「うわ、ほんとにすみません、今タオルをっ!」
あたふたとバッグを漁る俺をよそに、彼女――日高さんは、驚いたように一瞬目を見開いたあと、
そっと指で頬に付いたミルクをすくい、ぺろりと舐めた。
「……ふふ、大丈夫よ」
彼女は、やわらかく笑った。
「初めてなのね。緊張する気持ち、わかるわ。でも、このミルク……とっても濃くて、おいしい。今日の子、当たりかも」
当たり……?
俺が固まっていると、彼女はティッシュを一枚取り、首元のミルクを軽く拭き取りながら続けた。
「ほら、見て。このとろみ。粘度高め、匂いも熟れてる。きっと疲れた人にはちょうどいい成分ね」
「そ、そういうもんなんですか……?」
「ええ。あなた、まだ出始めだもの。たくさん失敗していいのよ? こぼすくらい、可愛いもんよ」
彼女はもう一度、指に残ったミルクを唇に運び、瞳を細めた。
「ふふ……クセになる味って、こういうのを言うのね」
その言葉に、俺の頭が真っ白になった。
――この仕事、思ってたのと全然ちがう。
だけど。
(……嫌じゃない)
俺はディスペンサーを拭きながら、心の中で小さくガッツポーズをした。
(つづく)

